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Archive for the category “福島原発 – Fukushima”

“Science Advice in a Crisis” – within the context of the Fukushima Nuclear incident

Professor Sir John Beddington, the UK’s Government Chief Scientific Adviser, gave a talk in Tokyo last month within the context of the Fukushima Nuclear Incident saga. The talk is long (and I skipped the Q&A part), but quite informative. Two take-home message I got from this are: (i) The UK government has been running numerical models using worst-case scenarios for the purpose of evaluating risks for the UK Citizens living in Japan; and (ii) they have concluded that there is no need for advising the UK citizens to evacuate the greater Tokyo region at this point.

I do think about the risks and benefits of taking my kids to Tokyo next month. I had already decided the benefits far outweigh the risks. But this talk made me feel better. I mean, it is nice to have someone else quantifying the risks for me.

ETA: The slides can be found here. The “Saru mo kikara ochiru” slide is intact in this one. –> http://ukinjapan.fco.gov.uk/resources/en/pdf/13756019/beddington-presentation-300511

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Traveling to Japan with my teenagers – 中高生の子供をつれて日本へ夏休みの旅行

(For the actual itinerary and travelogue from a teenager’s point of view, readers are encouraged to visit my son’s blog at http://veryboredlogan.wordpress.com/)

I’m planning on taking my two teenagers to Japan this summer. My parents live in Chiba, near Tokyo. This trip was originally scheduled for the Easter break, but had to be rescheduled because of the earthquake, tsunami, Fukushima nuclear incident, and subsequent uncertainties.

Right after the quake and tsunami, I asked my teens whether they’d rather meet up with the grandparents in Hawaii. I got emphatic NO’s. They really wanted to go to Japan. I had never thought of them as “cultured” people. I’d thought they would be just as happy in Hawaii or on a Caribbean cruise. But they really wanted to go to Japan.

I’ve asked my son to be the scribe for this trip. The blog link is near the top of this post. I hope this will be a great trip, and my son will be able to capture all the great sights and experiences we encounter.

「ネットワ―クで作る放射能汚染地図」、パート3。日本のような高学歴社会で情報公開の自粛って変だと思います。

(これはパート3です。全部で7つのパートにわけてアップされています。openboxjpさんのチャンネルで全部観ることができます。)

NHKETV特集 「ネットワ―クで作る放射能汚染地図 ~ 福島原発事故から2ヶ月~」の続きを観ました。

この部分の放映は、パート2に続き、福島原発の放射能汚染によって、これまでの生活がめちゃめちゃに破壊されてしまった人たちにスポットライトが当たっています。餌が手に入らなくて鶏が全滅してしまった養鶏所の経営者。残念だったでしょう。放射線の量が高いことを知らされずに、集会所で不便な団体生活を強いられていた浪江町赤宇木地区の人たち。ひどいと思います。

日本は、情報化社会です。人口のほとんどが高校を卒業していますし、大学へ進学するひともたくさんいます。社会全体の、情報をうけとめて、それをかみくだいて、それに基づいて自分の身の振り方を決められる、というチカラは、とても高いと思います。そんな日本で、中央政府や、地方自治体などが、「風評やパニックを恐れて」などという理由で情報公開を自粛しているのは、ひどいと思います。高学歴社会、という日本の大切なAssetを、全然活用してないなんて。

「ネットワ―クで作る放射能汚染地図」、openboxjpさんのYouTubeでパート2観ました。

(これはパート2です。全部で7つのパートにわけてアップされています。openboxjpさんのチャンネルで全部観ることができます。)

NHKETV特集 「ネットワ―クで作る放射能汚染地図 ~ 福島原発事故から2ヶ月~」の続きを観ました。(パート1はこちらです。)

この部分の放映は、福島原発の放射能汚染から、避難したくてもできない事情のある人たちの話が主題になっています。人間が、「人間らしく」生きていくためには、いくつかの必要最低限のものがあると思います。それは、家族や友達やペットに捧げ、捧げられる愛情、そして、誇りを持って生きる糧を稼ぐことのできる仕事、などです。この部分に出てくる人たちは、この愛情や仕事を守り抜くために、避難できない状況になっています。でも、避難していないから、といって、彼らの日常は幸せな、ごく普通のものであるか、というと、そんなことでは全くないんです。彼らは、その最低限の愛情や仕事にこだわりながらも、もしくは、こだわるが故、将来への不安でいっぱいです。

 頑張ってほしいです。状況はだんだんよくなるはずです。チェルノブイリだって、Exclusion zoneのすぐ外側では、ごく普通の日常生活が営まれています。もちろんそこに到達するためには、政府の援助と効果的な予算と政策、そしてすべての国民の政策への理解が必要ですが。

 あと、木村信三氏、パート1に続いて、また大活躍です。きっと、木村氏のほかにも、放射能汚染の測定をしていた人や団体はあるでしょう。でも、木村氏の行動力と経験に基づいた調査は、Systematicな分、価値が高いと思います。

「ネットワ―クで作る放射能汚染地図」、YouTubeのお陰で私も観ることができました。

(これはパート1です。全部で7つのパートにわけてアップされています。openboxjpさんのチャンネルで全部観ることができます。)

今朝起きたらTwitterで話題になっていたNHK ETVの「ネットワ―クで作る放射能汚染地図」、openboxjpさんが、YouTubeにアップしてくれました。というわけで、私も観ることができました。(NHKのオンデマンドは、日本国外からは観られないんです。)

とりあえず最初の14分(YouTubeでのパート1)を観た感想ですが、もう3月14日の段階で動いていた木村真三氏の行動力とDedicationに頭が下がります。(その行動を起こすために辞表をださなきゃならなかった、というところはちょっとびっくりでした。)そして、それに賛同して分析の協力をしている各地の研究者の皆さんも、偉いです。木村氏、東海村やチェルノブイリでの経験が、値札がつけられないくらいの、物凄く貴重なAssetになっているんですね。社会の役に立つ研究者、というのは、科学的な思考のできる頭脳はもちろん必要ですが、それと同じくらいの割合で、他の研究者の協力を取り付けられる人望、行動力、Dedication、そしてAssetとなる経験、すべて大切なんだなー、としみじみと思いました。

復興って、とても小さな前進の積み重ねなんです

今日、佐々木俊尚氏のツイートで、この石巻百景というブログを知りました。

このブログに出てくる写真、まさに私たちの街がハリケーンカトリーナで被災したときに見られた光景が、そのまま出てくるんです。

例えばこの光景。冷蔵庫って、中に食品が入ったまま停電になって、そのままずっとドアが閉められたままだと、中の食品が腐って、もう、この世のものとは思えない臭いを発するんです。これは、どんなに強力なクリーナで拭いても拭いても、全く消すことのできない臭いなんです。というわけで、カトリーナの後、洪水で浸水して壊れちゃった冷蔵庫はもちろんですが、浸水しなかった家庭の冷蔵庫も、結局廃棄される運命になりました。余談ですが、カトリーナ以来、ハリケーンの非難命令が2回ほど出たことがありますが、テレビなどでは、「避難前に冷蔵庫を空にして、電源を抜いて、ドアをあけてから避難するように」と呼びかけるようになりました。

石巻百景より

そしてこのような支援品支給の市場。市場とは言っても支援品はタダなので、本来の意味での市場とはちょっと違うんですが、でも、自分たちの家の瓦礫やヘドロの片付けの合間に時間を見つけて近所の教会の車寄せやら、Wal-Martの駐車場で「営業」している市場に行くのは、近所の人にばったり会って安全を確かめ合ったり、サバイバル生活の知恵の自慢(と言うと、完全に御幣がありますが、当時はそれは重要な会話のひとつでした)をしあったり、という、ちょっと楽しみなひとときでした。ちなみに、震災直後、まだ瓦礫の片付けで一日16時間汗かいて肉体労働をしていた時期は、このようにタダで支給市場からもらってくるシャツや下着や短パンを、使い捨てにして、毎日新しいのを着てました。洗おうとしても、洗濯機は壊れてたし、水も切断してたので、洗濯するすべはどっちにしろ無かったのですが。というわけで、タダでいただくチープな古着、かなり重宝しました。

石巻

でも、なによりも懐かしい気持ちにさせてくれたのは、この写真です。私たちは、カトリーナの後6ヶ月ほどは、庭に設置したトレーラーハウスで生活して、その後も、まずベッドルームを直したので寝る場所が出来た後も、キッチンを再構築するのには一年以上かかったので、キッチンはずっとトレーラーハウスのキッチンを使っていました。そんな生活をしていたのに、2006年の春が来たときに、私たちは、庭に花を植えたり、ポーチに植木鉢を置いたりしました。復興は、一度にどっとやっつけられるものではなくて、小さなことの積み重ねなんです。例えば、気がついたら、いつのまにか、庭に花を植えるような時間の余裕が出来てきたり。

石巻百景より

震災の被害って、一度に怒涛のように襲ってきます。でも、復興は、とても小さな前進の積み重ねです。一日ごとに見ると、たいした前進をしていないような気もするのですが、一ヶ月前と比べると、やっぱりかなり物事が良い方向に動いていっているのがわかるのです。震災で、無くなってしまったものは膨大です。流されていった家や車、子供のころからとってあった本や写真、そして亡くなってしまった方。でも、生きている限りは、そして人間が社会的な生き物で、家族、そして地域の人たちと繋がっている限りは、復興はかならず、じわじわとではありますが、続いていきます。

A+ for the attempt (visualizing the Fukushima data、福島原発事故データの可視化)

Most trade publications I get in my physical mailbox at work nowadays have at least a few pages on Japanese crises resulting from the earthquake, tsunami, and Fukushima nuclear accident. One such publications, Elements Magazine, had Rod Ewing’s Fukushima status report from the geochemical point of view.

Ewing’s article referred to these extremely busy, loaded, and rather informative visualization attempts for all the radioation data coming out of the vicinity of Fukushima (click on the graphics for full size views).

For those who have been following the Fukushima nuclear accident and subsequent crisis closely, these visualization attempts can be a great reference material. They incorporate the temporal, spatial and historic data all on one page. They are esthetically pleasing, perfect for printing out on a poster paper for an office wall display.

VIDEO: Inside the Fukushima Exclusion Zone 福島原発事故立入禁止地区の内側よりレポート

(WARNING: The video includes some graphic images; 注意:このビデオの映像には、いくつか、人によってはつらいかもしれないものも含まれています。)

Donald Weber, a photographer from Toronto, Canada went to the Fukushima Exclusion Zone and documented its eerie calm. He has extensively reported from inside the Chernobyl exclusion zone in the past. The experience allows him to add a unique perspective on this report.

Soil remediation (note to self)

Here are some soil remediation technologies Google found me. It seems heavy on phytoremediation – is it because phytoremediation is truly effective and/or economical, or just because it is this decade’s fad? Also, I need to learn more about the mineralogy and soil characteristics of Fukushima farmlands.

http://conservancy.umn.edu/bitstream/59501/1/5.4.Westhoff.pdf

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10819188

http://pubs.acs.org/isbn/9780841235038

http://www.pnl.gov/main/publications/external/technical_reports/pnnl-13624.pdf

http://www.engg.ksu.edu/hsrc/98Proceed/13Chao/13chao.pdf

http://www.serdp-estcp.org/Program-Areas/Environmental-Restoration/Contaminated-Sediments/ER-1501/ER-1501/(modified)/16Jul2010

http://www.pnl.gov/main/publications/external/technical_reports/PNNL-16754.pdf

http://ut.water.usgs.gov/projects/frycanyon/fry.html (groundwater)

チェルノブイリの子供たち-25年経って(IAEAオフィシャルビデオ)

これは、IAEA(International Atomic Energy Agency)の、チェルノブイリ事故25年後を記念したオフィシャルビデオです。

ここでインタビューされてるSvetlana Nikolayevna Dygunは、生まれ故郷のべラルースのStrelichevoという村で教師をしています。Strelichevoは、チェルノブイリの原発事故の現場から、30キロちょっと離れたところにあります。

以下は、字幕の要約です。

事故後、私と妹は、叔母さんの住むミンスクに被曝疎開しました。両親が、子供への被曝を心配したからです。でも、ミンスクでは、地元の子供たちから、ひどい差別をうけました。当時は、みんな、特に子供は、放射能はウイルスみたいにうつるものじゃないんだ、ってことがわかってなかったんです。(ブログ著者註-ここのところ、ちょっと身につまされます。25年経った今、それも超情報先進国の日本で、福島からの避難民の人たちが差別を受けていると聞きます。悔しいです。)

というわけで、結局私と妹は、Strelichevoに戻ってきました。でも、村は、原発事故の前とは全く違ってました。大人たちは、躍起になって、建物の外壁やらフェンスやらを洗い流していました。以前みたいに、木になってるりんごをもいで食べるのことができなくなってしまいました。林に行って野生のきのこなんかを採って食べることも出来なくなってしまいました。そして、皆、大人も子供も含めて、これからどうやって生きていくのか途方にくれていました。村の人たちは、皆この土地で生まれて育って生計を立ててきたのに、その土地が、すべて汚染されてしまったんです。25年経った今でも、私も含めて村の人たちは、林の中になってる野性の果物やきのこ、汚染が怖くて食べられません。

まるで戦争みたいです。でも、銃撃が聞こえるわけじゃないし、上を見上げると空は青いし、周りを見回しても、何事も起こらなかったように、静かです。

私たちは、この土地で、生きていきます。生きていかなきゃならないんです。放射能なんかに負けてはいられません。放射能に打ち勝たなくではならないんです。

IAEAが、このビデオに以下の説明文をつけています。

恐怖感、将来への不安、そして無力感など、住民の精神的なトラウマは、チェルノブイリの事故で、最も悲惨だったことのひとつです。

福島原発の事故で避難している方たち、そして避難はしていないけれども規定以下の汚染やら風評やらの影響を毎日考えながら暮らしている方たち、大変だと思います。汚染を浄化するのにはたくさんのお金と時間がかかります。実際、チェルノブイリの近くの村の生活は、25年前の状態には戻っていません。でも、それをふまえて、私たちは、この汚染を出来るだけ早くきれいにしていけるように、そして福島の人たちが出来るだけ早く、自分たちの土地で普通に生計を立てていけるような生活を取り戻せるように、日本の政治と財政の行方を見守って(そして時には声も手もお金も出して)いく必要があると思います。そして、もっと身近なレベルでも、私たちは、福島の子供たち(そして大人も)が差別に遭わないように、自分自身と、そして身近な人たちを、啓蒙していかなければなりません。

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